tatsumitatsu

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富岡八幡宮で八幡神を考える

2025年9月6日(土)

台風一過、富岡八幡宮江東区)に行ってきた。

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江戸最大の八幡宮とのことで、境内にたくさんの見どころがあった。

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伊能忠敬像。日本全国を測量して近代日本地図を作った人だ。遠国を測量しに行く時は必ずこの神社で安全を祈願したらしい。

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横綱力士碑。ここが江戸勧進相撲発祥の地らしい。

 

さて、東京は八幡宮が本当に多い、ような気がする。徳川家もとい源氏の氏神だから当然かもしれないが、日本全国でも稲荷社に次いで数が多いそうだ(数え方によっては八幡宮が一番)。

八幡神応神天皇のことである、というのは以前から知っているが、それ以上のことは知らない。そもそも記紀に載っていない神様だ。何だろう、この神様は?

ということで調べてみた。

 

全国の八幡宮総本宮は、大分県宇佐市にある宇佐神宮宇佐八幡宮)だそうだ。で、同神社には八幡神応神天皇)だけでなく、比売神(ひめがみ)、神功皇后をあわせ、八幡三神として祀っている。

比売神とは、北九州の海を支配する宗像三女神のことだ。神功皇后応神天皇の母であり、三韓征伐を行った女傑である。何やら大陸の風が、海の香りが漂ってくる。

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そういえば、富岡八幡宮の境内には、宗像三女神の一柱、市杵島姫を祀る七渡(ななわたり)神社がある。八幡神との深い関係が察せられる。

 

さて、八幡神とは何か?さらに情報集める。

「八幡」とは、直訳すると「8つの旗」だ。旗は神の依り代であり、神功皇后三韓征伐の際、拠点の対馬で8つの旗を祀ったという。また「8つ」は「たくさん」の意味でもある。ちょっと空想してみる。朝鮮へと向かう幾多の軍船、そこに翻る多くの旗指し物・・・これだ。これこそが私の脳内にイメージされる八幡神だ。間違っているだろうか?

その他、八幡神については、もう処理できないほどの説がたんまり出てくる。そもそものルーツを探ると、八幡神は宇佐の地の土着神であるそうだ。もっとさかのぼると、宇佐は昔から渡来人が多く、八幡神は朝鮮から来た神だと。これに首を突っ込みだすと、渡来人の中でも最有力の秦(ハタ)氏が絡んできて、同氏の日本への土着化の歴史を書き連ねばならなくなるのでやめておく。

しかし、それらの情報の上澄みを眺めるだけでも、古代日本はなんと密接に大陸と通じていたのかと、そのグローバルな世界に幻惑されてくる。

 

で、頭を整理するために、下に古代日本のグローバルな歩みを編年で書き留めてみた。

これを見ると、(記録の上では)10代崇神天皇の頃から朝鮮と関わりだし、663年の白村江の敗戦で朝鮮半島での日本の権益が完全になくなるまで、実に700年にもわたって大陸との密な交流があったということだ(ほとんど戦争絡みだが)。

八幡神に限っていうと、渡来人が日本に来だした相当早い段階(応神天皇の時代。弓月君が渡来した頃)から、宇佐の地にて信仰されていたと思われるが、中央では長く認識されず、よって記紀にも記録されることはなかった。八幡神が注目されるのは奈良時代に入ってからで、特に大仏建立の成就に八幡神の託宣が関わったことで、表舞台に登場する。そして、かつて華々しく大陸と渡り合った神功皇后応神天皇、宗像三神が八幡神と同一視され、さらに仏教とも神仏習合して八幡大菩薩となり、一気に人気者となる。いつしか天照大御神に次ぐ皇室の守護神となり、全国津々浦々に知られ祀られるようになったということである。

 

【古代日本の大陸とのつながり年表】

※年代は間違ってる可能性もある。

[紀元前145世紀〜紀元前10世紀 縄文時代]

[紀元前10世紀〜紀元後3世紀 弥生時代]

紀元前660年 神武天皇即位

紀元前221年 秦の始皇帝即位

紀元前219年 始皇帝の命で徐福が不老不死の薬を求めて渡来

紀元前206年 漢建国

紀元前91年 10代崇神天皇大田田根子大物主神を祭る神主とする(大神神社の始まり)

紀元前57年 新羅建国

紀元前37年 高句麗建国

紀元前33年 任那(みまな)から使者(神代を除く朝鮮関連の最初の記録)

 

紀元前5年 11代垂仁天皇の皇女、倭姫命(やまとひめのみこと)が伊勢神宮創建

57年 奴国(なこく)後漢朝貢

110年 ヤマトタケル東征(12代景行天皇治世)

184年 中国、黄巾の乱三国時代

200年(320年?) 神功皇后三韓征伐

211年 住吉大社創建

239年 邪馬台国卑弥呼魏志倭人伝

[3世紀中頃〜7世紀 古墳時代]

270年 15代応神天皇即位

この頃 百済建国

283年 弓月君百済から渡来(秦氏の祖)

421年〜478年 倭の五王による中国南朝への遣使(うち倭王武は21代雄略天皇とされる)

[6世紀〜8世紀 飛鳥時代]

538年 百済聖明王から仏教が伝来

571年 八幡神として応神天皇が示現(宇佐八幡宮の由緒)

587年 蘇我馬子聖徳太子物部氏を倒す

589年 隋建国

600年 33代推古天皇、第1回遣隋使

618年 唐建国

630年 34代舒明天皇、第1回遣唐使

645年 大化の改新蘇我氏の滅亡

660年 百済滅亡

663年 白村江の戦い

672年 壬申の乱、40代天武天皇即位

676年 新羅、半島統一

701年 大宝律令、防人の制度化

712年 古事記編纂

720年 日本書紀編纂

(※以下、宇佐八幡の伝承)

720年 隼人の乱に八幡神が征討に赴く

748年 八幡神が「吾れは中国の神だが、今は日本鎮守の神なり」との託宣

749年 八幡神東大寺の大仏建設を後押しする託宣、後に朝廷は八幡大菩薩の神号を贈る(神仏習合

860年 56代清和天皇石清水八幡宮創建

894年 遣唐使廃止

1063年 源氏の守護神として鶴岡八幡宮創建

※以上、宇佐、石清水、鶴岡の三大八幡宮がそろう(筥崎宮は割愛。すみません)。

 

ああ、八幡神のことを知ろうとして、エラいことになってしまった。

大陸からの神といえば、スサノオ、タカミムスヒが思い浮かぶが、いずれも神代の神だ。八幡神はこれらよりずっと後に入ってきたわけだが、応神天皇の霊神になるという離れ業でこれらの神と同等以上の地位に上り詰めてしまった。まったく不思議な神様だ。

しかし共通することもある。大陸から神様が入ってくるというのは、その神様がふわふわと空を飛んでやってくる、ということではない。その神を祀る渡来人が、さまざまな技術や文化を携えてやってくる、ということである。稲作や養蚕、銅や鉄などの武器、仏教や律令制度なと、とかく日本の成り立ちに大陸の影響は絶大だ。最近は、中国も朝鮮も、そしてわが国も保守化して相手の悪口ばかり言ってるが、もっとお互いにリスペクトできないものか。悲しいな。永遠にできないんだろうな。