2026年8月14日(金)
家族で姫路城へ行ってきた。

国宝5城の一つだし、日本初の世界遺産認定施設の一つだし、なんと言っても家(大阪府)からさほど遠くない。死ぬまでに行っておかないと(大げさ)と思っていたが、やっと実現できた。

初見は、当たり前だが、白い城だなあと(笑) いや、けっこう感動した。白壁の部分、まるで背景の空が透けているようだ。

大阪城や名古屋城など、大体のお城は勇壮なお姿、すなわち鋭角的で、天に向かって尖っているイメージなのだが、姫路城はそうではない。台形というと元も子もないが、縦よりも横に広がりがあって、装飾の破風もゆったりと添え付けられている。小天守が子どものように脇に寄り添って、優しくも頼もしいお母さんのようである。外様大名ひしめく西方に対する重要な防御拠点だったそうだが、このお城に弓を引くのは気が引けそうである。
ちなみに以下が、大阪城と松江城。


バッチコーイ! たいへん威嚇的である。これなら攻め手も、ケンカ上等! 俄然やる気になってしまうであろう(笑)

では城内へ入ろう。ちなみに土足厳禁である(靴を入れる袋をもらえる)。

城内は非常に質朴とした造りである。姫路城に限らず、当時の天守は戦時を想定した要塞・武器庫であり、人間が居住するための設備、例えば襖や畳などは基本的にない。代わりに、鉄砲や槍を立て掛けるフック(武具掛け)や、石落とし、銃眼などの物騒な設えがあちこちにある。

こんな巨大な建物がすべて木造とは。鉄筋コンクリート造りである大阪城などの模擬天守と比べると、そのスゴさが余計に感じられる。
なおこの日は31度の真夏日で外はたいへんな暑さであったが、城内は風が通っていて幾分か救われた。まあ日によっては恐ろしい暑さになるであろう。

プロジェクトXでやってた屋根瓦の目地漆喰。白鷺の白さを保つ細やかな職人技だ。

大天守の最上階にある刑部神社(おさかべじんじゃ)。地主神である、おさかべ姫を祀る。代々の姫路城主を悩ました、同神のエピソードは調べるととても面白いが、長くなるので割愛する。まあ、その荒ぶれ様がハンパないので、姫路城の最上階に祀られることになった、と理解してよい(笑)

西の丸にある百間廊下(ひゃっけんろうか)。ここに徳川家康の孫娘・千姫が一時期住んでいたということでたいへん詳細な展示があった。
千姫は言わずとしれた豊臣秀頼の正室である。大阪の陣によって秀頼が処刑されると寡婦になるが、その後、本多忠刻(徳川四天王・本多忠勝の孫)と結ばれる。この恋愛譚の舞台がここである。悲劇のヒロインがハッピーエンド(?)になる物語は、特に若い人たちには興味深いであろうが、50を過ぎたオジサンには眩しすぎるので深入りしない。
その他、姫路城には、有名な播州皿屋敷の怪談や、腹切丸(はらきりまる)のゴシップネタなど、エピソードが絶えないが、いろんなサイトで紹介されているのでこれも割愛する。
今回の姫路城観光で、私が特に興味を持ったのは、この城を作った人、池田輝政のことである。
白状すると、これまで池田輝政なんぞ、これっぽちも興味なんて持ったことがなかった。なんせ地味である。織田、豊臣、徳川の3代に仕えているから、数々の武功をコンスタントに立て続けたんだろうけど・・・地味である(くどい)。
特に豊臣政権下では、他の同格の武将たち、例えば加藤清正や福島正則、細川忠興などと比べると、彼らの個性(良くも悪くも)に押されて何とも影が薄い。さらに、多くの戦国武将が命がけで出兵した朝鮮の役には参加していない(日本国内で兵站を担当)し、関ヶ原の戦いでは東軍として参戦するも毛利軍とにらめっこしていただけである。
一見するとパッとしない池田輝政。しかしこれを逆説的に捉えると、彼は時の天下人たちから、すなわち豊臣秀吉からは羽柴姓を賜り、徳川家康からは娘を娶るなど、外様大名としては破格の待遇を受けている。パッとしないどころではない。
これを池田輝政の生来の人徳、運、堅実な状況判断と世渡り能力に帰する、などと処理してしまうのは容易い。というか、それ以上の解釈を講じるとっかかりがない。奇抜なエピソードがないから興味も湧かなかったし、大河ドラマの主役になることも金輪際ないのである(笑)
しかしこの度、彼が建てた姫路城を目の当たりにして、少し認識が改まった。
日本中にあまたある城のほとんどを見ずして断定するのはイケナイことだが、姫路城はあまりにも個性的である。白くて美しい城というと、個人的には名古屋城を思い浮かべる(今も総合的な造形美として評価すると、姫路城よりも名古屋城を推したい)が、こと「白さ」という点で姫路城は次元が違う。
これを作った池田輝政・・・徳川から、西国の抑えを命じられて姫路藩に着任し、いざ城を作るとなって、こんな白く透き通った城をクリエイトするとは。これは尋常な感性ではない。やっちゃった!(テヘペロ)という彼のしたり顔が見えるようである。
ここに池田輝政の奇抜さ――カブキものとしての素顔を発見したように思えた。

そんなわけで、贔屓の戦国武将を一人発見することができて嬉しいところだが、実は観光中は暑さでフラフラであった。姫路城を見たあと、隣の市立動物園にも立ち寄ったが、熱中症の一歩手前だったと思われる。救急車のお世話にならなくて本当に良かった。


































