tatsumitatsu

ロードバイクとキャンプ中心のブログです。

回顧録 ~英國衰亡論 全

f:id:tatsumitatsu:20230402203514j:image

義父よりいただいた本、というか44ページしかないので小冊子であろうか。

 

発行は明治39年(手元にあるのは昭和に出た復刻版)。著者は玉木懿夫(よしお)という人らしい。

英國衰亡論」というタイトルもさることながら、面白いのは「明治百三十八年日本高等小学校教科書」という副題が付いていること。

明治138年?

誤植か?意味がわからん、と思いつつ、巻末の解説を先に読むと、誤植ではない。著者は、この本を(出版から)100年後の我が国の高等小学校(今の中学校)の教科書という体裁で書いているのだ。

この本が出た当時(明治39年頃)の英国は地球の陸地の4分の1を植民地とし、日の沈まない国といわれた。が、著者は世界最強の大英帝国が100年後には一小国に落ちぶれていると予言しこれを書いた。そして100年後を生きている私達は、今の英国を知っている…予言は見事に当たっているのだ。まさに慧眼である。

この本が教科書という体裁をとっているのも意味がある。日露戦争が日本の勝利に終わったのが明治38年。その翌年に、100年後の教科書という形でこの本を出版した著者の心情はいかばかりか。

「あの英国すらいずれ衰亡する。浮かれるなかれ」

空前の大勝利に酔いしれる日本国民に、警鐘を鳴らし、目を覚まさせようという試行錯誤の果てに、この奇妙な創作物ができあがったのだろう。

f:id:tatsumitatsu:20230409002205j:image

内容は、「英国百年未来記」とでもいうべきか。英國衰亡の根拠としては、ギボンの「ローマ帝国衰亡史」をすこぶる引用して論じている。著者はよほどこの本に感銘を受けたのだろう。

余談だが、文章はとても古臭い。ローマは「羅馬」、オックスフォードは「牛津」などと記されていて、まあ何というか趣深い(笑)

ちなみに「吾輩は猫である」が発行されたのも明治39年だ。夏目漱石の文章がどれだけ普遍的なものであるか、改めて感じられる。

 

さて、英国衰亡の理由を本書では9つ取り上げている。以下に列挙する。

 

第一 田舎生活よりも都市生活を好みて其結果英國人の健康と信仰に及ぼせる悪影響

(農業を捨て都市生活を好むようになった英国人をして、著者は「彼等はいかに生存せんかをトルストイ、ワグナー、トリューに示さんとして今は却って如何に死滅するかを吾人に示すに至れり」と皮肉たっぷりである。もちろん日本人に対してもであろう)

 

第二 保養の為めの外、海を顧みざる二十世紀英國民の趨勢

 

第三 優美と贅澤の増加

(著者はギボンの羅馬人の行動に触れ「遊覧のために、毎日通い、ただその場所を得んがために押しかけ、中には夜を込めて、付近の家々の戸口にたたずみ、眠らず、場所のあくのを待ち構える」と記す。うん、こういう人、今もたくさんいるなあとしみじみ)

 

第四 文學及劇の趣味の衰退

(今風に言えば、名著は読まれなくなり、漫画ばかり好まれる、そんな風潮のことである)

 

第五 英國民身體健康の漸衰

第六 英國民宗教心の衰頽

第七 租税の増加及市府の乱費

(まさに今の世の中もそう)

 

第八 不忠實なる英国教育制

(金持ち父さんの教育、手を汚す仕事を恥ずる教育、農家や職人より銀行の頭取が偉いという考え方、そんな風なこと。男は田を耕すことを嫌がり、女は子育てを嫌がる、そんな文明は「虚偽の文明也」と著者)

 

第九 英國防備の無力

 

以上。

どれをとっても、今の日本に当てはまる。慧眼である。しかしながら、これは日本だけでなく、人間というものの不可逆的な末路だと思うのは、私がペシミストだからであろうか。

まあ、日露戦争直後にこのような本を世に出したというのは、まったく敬服する。内容よりも、著者の心意気に心打たれた作品であった。

f:id:tatsumitatsu:20230409012102j:image